はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ ブログトップ
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迷子のヒナ 331 [迷子のヒナ]

「こんなものまで作って!」
ジャスティンはヒナの仮面の端を強く掴んだまま、怒りに声を荒げた。

ヒナはジャスティンの本気の怒りを感じとってか、反論もせず怯えたように身を竦ませている。

そうだろうとも。言い訳など出来るはずがない。しらじらしく「ジュスに会いたかった」などと言おうものなら、ヒナへの信頼は一気に崩れ去っていただろう。ヒナの口から嘘は聞きたくない。二人の愛情にかかわることに関してはなおのこと。

とはいえ、もちろん会いたかったに決まっている。毎日一緒にいても、会えない時間は恋しいものだ。だが今回、用意周到に潜入していることからしても、何らかのたくらみを持っていることは確かだ。ここで甘い顔をしてはいけない。

けれども、下唇を突き出しぷるぷると震えている姿を見ているうちに、あまりひどくは怒れなくなってしまった。

好奇心が疼いたのだろう。大掛かりなパーティーがあることを知って、ちょっと覗いてみたいと思った、ヒナならあり得ることだ。たくらみなどという大袈裟なものではない。

まったく。こんな張りぼての仮面で何をたくらむって言うんだ。

ジャスティンはようやくヒナの仮面から手を離した。

と、同時に、真っ白な産毛がふわふわと宙を舞った。もちろん産毛は落下の一途を辿り、ヒナの足元にひっそりと着地した。

「あっ……」と声を出したのはパーシヴァル。この状況のまずさを一番理解している男である。

ヒナは足元の羽根を食い入るように見つめながら、端の方がねじくれた仮面にそっと手を触れた。

「さあ、ヒナ。戻るぞ」ジャスティンは言い、ヒナの腕を掴んだ。

仮面がぽとりと落ちる。

「あ……」今度はジェームズが声をあげた。この場合、大抵においてジャスティンが困った状況になるのを知っているから。

ヒナの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。口元を歪めて必死にこらえようとしているが、涙はぽろぽろ、ぽろぽろ、次から次へと溢れ出ている。

それを見たパーシヴァルは怒りを爆発させた。

「随分とひどいことをするんだな!それはヒナの大切な仮面だぞ!そのちっちゃな愛らしい羽根だって調達するのは大変だったんだ。そうだよな、ヒナ」

ヒナは小さく首を横に振ったように見えたが、ジャスティンにはどうでもよかった。

自分のクラブで、ヒナのことに関して、他人に――特にパーシヴァルに――怒鳴りつけられる筋合いはない。

「いまは仮面どうこうの話ではない」ジャスティンはパーシヴァルの非難を受け流した。

「仮面どうこうの話ではない?声も出さずに泣いているヒナを見て何とも思わないのか?ひどい仕打ちを受けても、手を振り解こうとさえしないんだぞ!」

「パーシヴァル、落ち着いて」さっきまで静かな怒りを滲ませていたジェームズが、パーシヴァルの肩を抱いて一緒にその場から離れようとした。

パーシヴァルはその手を払いのけ、ヒナが焦がれた大きな羽飾り付きの仮面を外した。「ヒナ、約束だ。これをあげるよ」

ヒナは今度は大きく首を振った。よろよろとジャスティンの胸に収まり、足元の仮面に見向きもせず、「家に帰る」と涙声で言った。

つづく


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迷子のヒナ 332 [迷子のヒナ]

弱々しくではあるが力の限りしがみつくヒナを、ジャスティンは大事そうに抱えて引き揚げていった。

ジェームズにしては珍しく、健気なヒナに同情を禁じ得なかったが、さすがに口を出そうという気にはならなかった。

「まさかあなたがヒナをそそのかしたのではないでしょうね?」

受け取ってもらえなかった仮面を手に佇むパーシヴァルは、ハッとしてジェームズを見た。

「冗談ですよ。あなたがヒナの計画に加わっていたなら、あの仮面はもっとけばけばしくなっていたでしょうからね」パーシヴァルときたら、すっかりしおれて、いい男が台無しだ。ジェームズはパーシヴァルにももれなく同情した。ヒナに振り回されると、誰もがこうなる。可哀相に。

「今回ばかりは、いくらヒナでもジャスティンは怒りを鎮められそうにないね」心配そうに裏階段のほうを見やるパーシヴァル。これ以上酷い事にはならないと分かってはいても、心配で仕方がないようだ。

「どうでしょうか……ああは言っても、ジャスティンはきちんと小さな羽根と仮面を拾っていきましたからね。内心ではヒナの涙にかなり動揺していると思いますよ。ただ、今夜は本当にここへ来て欲しくなかったんですよ」あなたにもね。と、ジェームズは内心で付け加えるのを忘れなかった。

「そうだろうね、だから僕も必死にヒナの目を塞いでいたんだ。完璧とはいかなかったけどね。途中、ヒナが『大変!男の人が捕まってる!』って大きな声を出したときは、慌てふためいたよ。彼は縛られて喜んでいるんだとも言えないから、悪いことしたからお仕置きだと言っておいた」パーシヴァルは疲れきった笑いをこぼした。

「いったいどうして隠し通路なんかに?」ここ最近はあの通路を使う従業員も多くはないのに、よく見つけたものだ。まったく。「あなたもお仕置きが必要ですね」

パーシヴァルの瞳が好色に光った。「ジェームズにされるなら大歓迎だ。と言いたいところだけど、縛られるのは当分ごめんだ。君に怒られるのもね。だって今回は本当に不可抗力だったんだから」

ジェームズは静かに頷いた。ブライスに負わされた傷がまだ完全に癒えてはいないのに、とんだ失言をしてしまった。ということで、話題を変えた。

「ところで、あなた先ほど手を振り払いましたね」ジェームズはすまし顔でツンと顎をあげた。よもや拒絶の憂き目に遭おうとはといった心情を悟られまいと。

「ああ、ジェームズ。なんてことを言うんだ。あれはジャスティンに見せつけるためにした、アレだよ。ほら、ヒナもこんな風にしたらどうかっていうね」

「まあ、いいです。あなたもさっさと向こうへ戻って下さい。仕事の邪魔です」

「戻るさっ!君は本当に僕を傷つけるのが得意だなっ!」

途端にカッカするパーシヴァルが大股で地下通路へ向かう。やれやれと背を見送っていたジェームズは、ホッとしながらも寂しさを覚えていた。パーシヴァルには苛立つことが多いが、退屈はしない。まったく気は休まらないけれど、どこかその慌ただしさが心地良かったりする。

「あ、そうだ!」パーシヴァルが急ぎ足でこちらへ戻って来た。

ジェームズが返事をする前に素早く唇を奪い、「ベッドで待っている」と言い捨てて小走りに去って行った。

「なっ……!なにするんですかっ!」ここは僕の仕事場で、正面玄関で、傍にはハリーがいて、パーシヴァルにベッドで待っていてもらうような、そんな親密な仲でもないのに――

なんて図々しい男だ!!

頭に血が上ったジェームズは、自分でもいったい何がしたいのか分からないまま、パーシヴァルのあとを猛然と追った。

つづく


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迷子のヒナ 333 [迷子のヒナ]

どうやら主導権を取られるのはお気に召さないようだな。

クラブの支配人ハリーは、最近なにかと問題を抱えている男たちが退出すると、それとなく辺りに視線を巡らせた。

息をひそめ様子をうかがっていた従業員が、一斉に動き出す。意味も分からず足止めを食らっていた客たちも、あちこち移動を始める。ヒナを中心としたちょっとした騒ぎがあったことなど、全く気付いてない様子だ。

またたく間に日常が戻った事に、ハリーはホッと安堵の息を吐いた。

ヒナの登場は非日常的で、そこにクロフト卿が加われば、それはもう大事件だ。オーナーとそのパートナーの仕事の手を止めるだけでなく、常軌を逸した行動に誘うのだから。

ジャスティンは平静を装おうと必死だったが、ハリーからすればあれは半狂乱に他ならなかった。ジェームズにしても、まさかこの場で唇を奪われるとは!無防備にも程がある。それとも、とうとうジェームズを陥落させたクロフト卿が一枚うわてだっただけなのか。

あのジェームズにあとを追わせるのだから、一枚どころではない。二枚も三枚もうわてだ。しかも本人は無邪気に計算もせずそれをやってのけている。

だからこそ誰もが魅了される。惜しい人物を手放したものだ。彼がここに居れば、売り上げをいまの倍に伸ばすことだってできるのに。

やれやれ。

「やあ、ハリー!僕はこれから、こちらのレディと表を一周してくるよ。罰ゲームじゃないからな」

半ば酔っぱらった状態で現れたのは、クラム子爵。放蕩三昧の噂を流して、母親にせっつかれている結婚から逃れようという魂胆だろう。年頃の男たちの悩みは同じという事だ。

「さきほどはドーソン様が同じように言われて外に出られました」

「あいつは罰ゲームだ。裸だっただろう?」クラム卿は愉快げに笑って、娼婦に腕を差し出した。少々若作りのきらいのあるグレンダは、チップをはずんでもらったとみえ、上機嫌でクラム卿の肘にそっと手を置いた。

「わたくしの上着をお貸しいたしました」ハリーは哀れなドーソンに同情しつつ言った。彼はしばしばカモられる傾向にある。今夜はクロフト卿に馬を厩舎ごと奪われたらしい。酔いが醒めた時、権利書だか借用書だかを突きつけられ、泡を吹くだろうことは想像に難い。

「うん。それはよかった。あいつのあそこは見るに堪えないほど醜いからな。経験豊富なレディだって逃げ出すだろうよ。じゃあ、ハリー行ってくるよ。クラブが閉鎖に追い込まれなきゃいいけど」

クラム卿は手を振りながらグレンダと出掛けて行った。

ハリーはクラムの最後の言葉を少々気にしながら、玄関広間を後にした。執務室へ戻る道すがら、今夜のパーティーは果たして成功なのかどうか考える。

近所から苦情が次々と舞い込み、その対応に人員が多く割かれている。わざと苦情が出るまで放っておいたのだが、悪評を広める為とはいえ、対応が遅すぎたらクラブの存続自体が危ぶまれる。

この歳で仕事を失うのはごめんだ。

ハリーは巨体を揺らし執務室へ戻った。次のイベントに備え、束の間身体を休めておく必要がある。

今夜は好物のチョコレートタルトがさし入れられているようだから、熱い湯を持ってこさせて、美味しい紅茶と頂くことにしよう。

長い夜はまだまだ続くのだから。

つづく


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迷子のヒナ 334 [迷子のヒナ]

ヒナを連れて部屋まで戻ったジャスティンは、今夜の行いについて少々説教をするつもりでいた。

ダンを追い出し、ドアを閉めると、しょんぼりと椅子に腰かけるヒナに向かう。

上着を脱いでブラウス姿になったヒナのなんと華奢な事か!こんな弱々しい姿を見せつけられて、叱り飛ばそうなんて気は一気に失せてしまった。

ジャスティンはヒナの前に控えめな仕草でしゃがみ込んだ。申し訳なさそうな顔で見上げ、どうやったらヒナは機嫌を直してくれるだろうかという思いをそれとなく伝える。

さすがにこの状況でも、あからさまにこちらが悪かったなどという態度は出来ない。いくらヒナお手製の仮面に文句をつけたうえ、壊してしまったからといっても、ヒナが出入りを許されていないクラブに忍び込んだことが問題なのだから。

ヒナはクシュっと鼻をすすって、ごにょごにょと何やら囁いた。あまりに小さな声でまったく聞き取れなかったが、おそらくごめんなさいと言ったのだろう。

ヒナは心底反省している。それは見ていてよくわかるのだが、今後同じような事をしないのかどうかまではわからない。

ルール作りが必要だ。そうしないと、ヒナに甘い顔をしてしまう自分を止められそうにない。叱る時は叱る。

ああ、そう出来ればどんなにいいか……。

ジャスティンはきゅっと握ったヒナの手を取った。その小さな手は冷え切っているうえに震えていた。

なんてことだ!

ジャスティンはすぐさま壁に設えられた暖炉に視線を飛ばした。ダンのやつ、熾火のままで部屋を暖めることもしていないではないか。そのくせヒナを剥いてあの薄っぺらな寝間着を着せようとしていたのか?信じられないっ!

ジャスティンは怒りをたぎらせ立ち上がった。ヒナの傍を離れ、手際よく火を起こすと、ベッドから毛布をひっぱってきて、暖炉の前に敷いた。

ヒナは少し元気を取り戻したのか、チラチラとこちらをうかがっている。その毛布をどうするつもり?と訊きたそうにして。

「ヒナ、おいで」

手招きをすると、ヒナはたどたどしい足取りで躊躇いがちにやって来た。抱き寄せ毛布の上に一緒に寝転がる。そこでやっと、ヒナが笑顔を見せた。

ジャスティンは安堵のあまりヒナをぎゅっと抱き締め、キスをせずにはいられなかった。

最終的には立場が逆転してしまった事にも気づいていたが、それがどうした?ヒナにこの世の終わりのような悲しい顔をさせない為ならどんなことでもする。たとえこっちが謝ることになったとしても、どうってことない。

つづく


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迷子のヒナ 335 [迷子のヒナ]

暖炉の前で仲良く寝そべるヒナとジャスティンの傍に、熱い紅茶とマロングラッセののったトレイが置かれた。ジャスティンは大粒のマロングラッセを摘まんで、ヒナの口に押しこんでやった。

ヒナはクスクスと笑い、よだれまみれになりながら、何とか一粒食べ終えた。

「栗好き」

「ん、そうか?でもこんなんじゃ腹は膨らまないだろう?」

「ふくらむよ」ヒナはそう言って、マロングラッセに手を伸ばした。大切そうに摘み上げて、かわいらしい前歯でひとかじり。んふふ、と笑ってもうひとかじりした。

なんて幸せそうな顔をするのだろうか。よほど腹を空かせていたか、それともただ栗を甘く煮て砂糖をまぶしただけの塊が何よりも好物だったのか、いったいどちらのせいなのだろうか?

「ヒナの身体が温まったら、仕事に戻るぞ」そう言いながら、そうしたくない自分がいた。ヒナの真似をして栗をひとかじりする。シモンらしい控えめな甘さ。これはクラブでも評判になるだろう。

「ヒナ、まだ冷たい」ヒナはジャスティンを行かせまいと熱心な口調で言った。

「ああ、そうだな。もう少しこうしていよう」これ幸いとヒナの言葉に乗る。そのうちヒナはうとうとし始めるだろう。その前にこれだけは約束させておかなければ。「ヒナ、もう二度と仕事場に来てはダメだ」

ヒナはふてくされた様子で起きがあると、べたべたの手でティーポットを掴んだ。「役立たずだから?」と悲しげに言い、冷めた紅茶をカップに注いだ。

役立たずだって?なんだってそんな事を思う?ヒナはあの特異な世界とは無縁でいて欲しい、それだけのことだ。けれどそれをどうヒナに説明する?うまく説明できていないから、何度だって忍び込むんだ。頭ごなしにダメだと言われて納得するヒナではない。それは分かっているのだが……。

「理由は山ほどあるけど、ヒナのせいじゃないんだ。役立たず?とんでもない!ヒナはすごく役に立っている。本当だ。ヒナがこうして傍にいてくれるから、仕事を頑張れるんだぞ」片肘をついて上半身を起こすと、ヒナがたったいま紅茶を注いだばかりのカップを手に取った。「紅茶だっていれてくれるし」

「ヒナ、役に立ってる?じゃあ、ジュスは結婚しない?」

「結婚!するものかっ!」

これでよく分かった。ヒナが仮面を手作りしてまでクラブに忍び込んだ理由が。今夜のパーティーの成功を誰よりも願っていたのだ。まったく。どんなパーティーか知りもしないで。

「だったら、もう絶対に行かない」

ようやく、決着した。

つづく


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迷子のヒナ 336 [迷子のヒナ]

「ジェームズ、これはなんだと思う?」

ジャスティンはデスクに置かれた、ゴミ屑のような物体を指差し言った。

「チョコレートの包み紙だと思うけど」

ジェームズは見るまでもないといった様子で、執務室での束の間の休息を邪魔するジャスティンに素っ気なく告げた。

「で、これは――」

ジャスティンはゴミ屑――もとい、ヒナお手製の仮面――の両端から伸びるサテンのリボンを両手でつまみ上げた。

「チョコレートの箱に結ばれていたリボンじゃないか?」

どことなく、見覚えがあった。

「はぁ……」ジャスティンは盛大に溜息を吐いた。「ヒナはこんなものを着けてクラブ内をうろついていたのか」

「隠し通路を行ったり来たりしていたようだから、心配するほどじゃないと思う」

ジェームズは何の足しにもならない慰めの言葉を掛け、ブラックコーヒーを啜った。多少見てはいけないものを目にしたようだが、ヒナとて何も知らぬわけではない。現にジャスティンとベッドを共にしているし、それを思えば、事によるとヒナの方が僕よりも実技に関しては詳しい可能性だってある。

「表を歩くよりたちが悪い」ジャスティンはむっつりと言い、ジェームズが掻き集めた材料を手に作業を始めた。

ジャスティンはヒナの仮面を壊した償いをするらしい。専門店に注文すればいいものを、自分の手で作ると言ってきかなかった。僕を巻き込んでまでやることか?

新聞紙、チョコレートの包み紙代わりの色とりどりの包装紙、上質なサテンのリボン、忘れてはならないのが仕上げの羽根だ。ジェームズのチョイスはくじゃく。ヒナが気に入るかどうかはその時になってみないと分からないが、パーシヴァルいわく、大きな羽根にご執心だったらしいから、問題はないだろう。

「クラブ内が盛り上がっているいま、それをする必要があるのか?」

「朝までに仕上げたいんだ。お前も手伝え」

「冗談!」材料集めだけで十分だ。

ジャスティンはこっちを睨んだだけで、ほんのわずかな時間を惜しむように作業に戻った。

糊付けした新聞紙を慎重に重ね、乾くまでしばらく時間を置く。

「近所への対応は済ませたのか?」ジャスティンはリボンを指先に巻き付けながら、ほとんど事務的に尋ねた。

「ハリーが見目のいい連中を解き放ったよ。これで文句を言う者はいないだろうが、使用人の口に戸は立てられないからね。明日には彼らを通じてじわじわと、それでいてあっという間に噂は広まるだろう」

「それでいい。使用人たちの噂話ほど、主人を喜ばすものはないからな」ジャスティンは満足げに言い、おれにもコーヒーを寄こせと指をひと振りした。リボンがひらひらと揺れる。

ジェームズは膝丈ほどのテーブルに置かれた銀のポットを手に、やれやれと立ち上がった。ほんの少し前に、作業中に真っ黒なコーヒーなんかこぼしたら大変だとか言って断ったくせに、まったく気まぐれもいいところだ。ヒナに少し似てきたんじゃないか?

ジェームズがコーヒーを注ぐ傍らで、ジャスティンはふと思い出したように言った。

「パーシヴァルを共同経営者に据える件だが――」

手元が狂い、コーヒーがこぼれた。

つづく


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迷子のヒナ 337 [迷子のヒナ]

「正気か?」ジェームズは目を見開きジャスティンを見つめた。

ジャスティンは慌てて手元の新聞にコーヒーを染み込ませた。工作の残骸――あとは捨てるだけの哀れな新聞紙は茶色く染まった。

「お前こそ正気か?いまわざとこぼしただろう!」

「わざとなものかっ!君が突拍子もない事を言うからだろう?」
ジェームズは言いながらコーヒーポットをもとあったテーブルに置き、すぐさま戻って来た。長身を最大限に生かすように、背筋をぐっと伸ばして、冷ややかな目つきで見おろす。

まったく。なんて恐ろしい顔をしているんだ。最近のジェームズはパーシヴァルが絡むと、いっそむきになる。

「確かに最初はとんでもない話だと思った。だが、よく考えてみろ。あいつがここに居るだけで、客が足を運び、金を落とす。それも喜んでだ」考えるまでもない利を説く。パーシヴァルの存在がクラブにとってどんなものなのか、今夜よく分かった。行く先々で客を上機嫌にさせ、いつも以上に酔わせ、普段物静かな者でさえはめをはずしている。

「パーシヴァルに客の相手をさせる気か?」

うん。それはいい思いつきだ。だが残念なことにここは娼館ではなく、ただの社交場だ。でもまあ、面白いのであえて否定はしない。

「それはあいつの自由だ。今後はお前とあいつのクラブになるんだ。経営方針については二人で話し合って決めろ」ジャスティンは言った。

「本当に一切の手を引くのか?」ジェームズは半信半疑、狼狽えた様子で背後の椅子に腰を落とした。

未練がないと言ったら嘘になる。けど、それが親父との約束でもあるし……それに――

「ヒナについて行けば、いつ戻れるか分からない。一週間か二週間か、一ヶ月か……それ以上か……。ヒナが両親の墓参りを済ませたらすぐに取って返すという選択肢も、あるにはある。けど、ヒナが約束を反故にすると思うか?」

「馬鹿正直に、出て行けと言われるまでそこにいるだろうね」ジェームズは即答だった。

思わず苦笑いが洩れる。「おじいちゃんになんとか好かれたいと必死なんだ。約束さえ守れば、喜びの対面でも出来ると思っているんだよ」おれのかわいい馬鹿正直は……。

「僕はそんな日は来ない方に賭けるけどね」

「おれもだ」

賭けは不成立に終わった。

つづく


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迷子のヒナ 338 [迷子のヒナ]

スティーニークラブ会員たちのその名に恥じぬ振る舞いによって、ジャスティンの評判は予想通り地に落ちた。

しかし、たとえ評判が地に落ちたとしても、妙齢の娘を持つ母親たちのすべてを遠ざけるまでには至らなかった。

その血筋、父親や兄の存在が、やんちゃな次男の行いをあっさり帳消しにしてしまうからだ。

というわけで、ほぼ予定通り、ジャスティンは父親が主催する舞踏会への出席を余儀なくされた。行かないでと縋りつくヒナを振り切り、拷問のような時間を過ごしはしたが、ひとまず結婚という網にはかからずに済んだ。

留守番のヒナは、ぐじぐじ、めそめそ、いらいらと心休まらない時を過ごした。おかげで荷造りは遅々として進まず、結局手伝っていたダンがひとりで、必要だと思われるものを片っ端から鞄に詰めてなんとか終わらせた。

その夜、ジャスティンは深夜の帰宅だったにもかかわらず、二人は互いを求め、何度も愛し合った。

朝にはラドフォード領へ向けて、ヒナは出発する。もちろんジャスティンも道中は一緒だ。だがそれも門の手前まで。

門より向こうに立ち入る事は、ヒナをおいて誰も許可されていない。従僕のひとりもつけず、単身で来いというのだ。そんな理不尽なことがあるだろうか?

ジャスティンの不安は最高潮で、もしも伯爵がヒナを返そうとしなかったら、実力行使も辞さない構えだった。伯爵にもはや脅しは通用しない。親父の力を借りることも出来ないとくれば、ただ盗っ人のようにヒナを連れ去るのみだ。

「うぅん……」ヒナが腕の中で呻いた。おそらく連れ去ってもいいよと答えたのだろう。

ジャスティンはヒナの柔らかな身体をかき抱き、汗で湿った前髪を額から拭った。しばらくはこのくせのある巻き毛に触れることも出来ない。ヒナなしでどうやって夜を過ごせばいい?いや、夜だけじゃない。朝も昼もだ。

ああ、もっと早く仕事を放棄していればよかった。そうすれば一日中一緒にいられたのに。

それはそれで疲れるし、ある意味あり得ないとも思うのだが、これまで時間を無駄にしてきたことを後悔せずにはいられない。

階下で物音がした。使用人たちが活動を始めたようだ。まだ外は暗いが、もう三〇分もすれば空が白み始め、夜は明ける。

もう時間がない。

ジャスティンはすやすやと寝息を立てるヒナの唇にやさしくキスをした。窪みを舌でつつき、ゆっくりと開かせると、今度はありったけの想いを込めて口づけた。なりふり構わず、ヒナを貪り、気付いた時には二人はまた繋がっていた。

このまま離れたくない。一生果てないまま苦しんだとしても、ずっと繋がっていたい。

そんなジャスティンの不安な気持ちを知ってか知らずか、ヒナはぱちぱちと目を瞬かせ、のんびりと言った。

「もう、朝?」

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
『迷子のヒナ』ひとまずここで終わりです。
もはや迷子じゃなくなったヒナが、おじいちゃんの招待を受け田舎へ旅をします。
お隣さんは、もちろん大好きなジャスティン。けど、なかなか会えません。
そんなこんなで、お屋敷でどんな待遇を受けるのか……苛められなきゃいいけどな~と心配してます。
『ヒナ、田舎へ行く』編は少し休憩ののち連載を始めます。タイトルは未定なので、迷子のままでいくかもです

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